ティル・ブレナー / "OCEANA" [Contemporary / Fusion]
Artist :Till Brönner
Title : "OCEANA"
Release : 2006
Style : jazz / Adult Contemporary (trumpet)
◆jazz度数・・・★★★☆☆ (3/5p)
◆お気に入り度数・・・ ※最高は5つ
◆Situation・・・なに。のBGM。
ティル・ブレナー。
ちょっと背が高くて、トランペットが憎たらしいほど巧くて、少しばかりイイオトコだからって図に乗って、甘ったるい声でラブ・ソングまで歌うイケ好かないヤツ・・・。
これはもちろん冗談。ハンサムなティルに対する僕からのせいぜいのやっかみだ。でも、もし本当にそんな声が巷のオトコどもから挙がったとしても、何の不思議でも無いくらいに彼には何でも揃ってる。
トランペット、フリューゲルホーン・プレイヤー&ヴォーカリストのティル・ブレナーはとてもナイーヴで心優しい好青年。ライブでその人柄に触れて以来、すっかり僕は彼の大ファンになった。そして今回彼が2年振りに届けてくれた新作も期待に違わぬ上々の出来映え。彼特有の繊細なセンチメンタリズムとロマンティックな甘さの両方をたっぷりと湛えた、柔らかな人肌の温もりのする素敵なアルバムとなっている。
クールを装うクセに実はとってもセンシティヴで、優しくて、ちょっぴりウェットなナイスガイ。
僕のティルに対するイメージはこんな感じ。
全ての煩わしさから離れてひとりになりたい。でも、やっぱりどこか淋しくて、切なくて。だから、優しい気持ちになれるような何かが欲しくって・・・。彼の音楽を聴いているとつい、僕までがそんな気持ちにさせられて来る。そっと、静かに語りかけるような彼のヴォーカルは甘い囁き。そのトランペットの音色はどこまでもロマンティックで、そして、はかないまでに美しい。
前作『THAT'S SUMMER』(左写真)は彼自身のヴォーカルを前面に押し出した作品で、マイケル・フランクスのカヴァー、“ANTONIO'S SONG”などを演っていたこともあって、jazzと云うよりはAOR的色彩の濃いアルバムだった。
しかし、今までも一作毎に様々な異なるカラーで魅せてくれていたティルが今回選んだ色は、ひたすらにトランペットでバラッドを「歌う」こと。
彼のヴォーカルを楽しみにしている多くのファンが存在することを確実に知りながらも、自らの歌は1曲のみと極力抑え、もう一つの武器であるフリューゲルホーンも今回は封印。あくまで「トランペッターとしてのティル・ブレナー」をリスナーに再提示して見せた。
「トランペッターであること」に専念するため、ティルは今までのセルフ・プロデュースも改める。初めて外部に人材を求めることにしたのだ。
そこで白羽の矢が立ったのがラリー・クライン。最近では、このアルバムでも1曲⑤を歌っているマデリン・ペルーの大ヒット・アルバム『ケアレス・ラヴ』を手掛けたことで知られる彼 -などとは云っても、僕にはジョニ・ミッチェルの元旦那(入籍はしていなかったとは思うけど)と云うイメージの方が遙かに大きい- をプロデューサーに迎え、母国ドイツを飛び出して、これまた自身初めてのLA録音を敢行した。
ラリー・クラインは元々がベーシストであり、ボトムからしっかりとサウンドを組み立ててゆくタイプ。基本としてはプロデュースされる相手の色を損なわないような、逆に言うと固まった自分の枠や色を強く出さないようにも思えるプロデューサーだ。
今作の音も、先ず馴染みのミュージシャン達、ラリー・ゴールディングスやディーン・パークスらをスタジオに集めて、楽譜を渡し軽く意図を説明。で、取り敢えずの音出しをしてみて「ああ、いいね。本番もこんな感じでヨロシク」みたいな、ナチュラルな制作現場の雰囲気が目に浮かぶ。要はあんまり手を掛けないってコト(笑)。作為的で大仰なサウンドをコテコテ作りあげるより、さらっと感情をコントロールして、抑制を利かせた中にも深みを感じさせるのサウンド作りが彼の得意とするところなのだ。
この辺りの手綱捌きはさすがにBoth-Sides両極端な野生のじゃじゃ馬、ジョニのパートナーとしての経験が十二分に生かされる場面。あのジョニをいろいろな面でコントロール出来たくらいなんだもん、大概のミュージシャンなんてラリーにしてみればカワイイもんだよね、きっと(笑)。
以降はアルバムの曲順に沿って楽曲紹介。
01. BUMPIN'
アルバムはウェス・モンゴメリーのこの曲からスタートする。思い切りゆったりとしたスロウなアレンジでティルのミュート・トランペットがスモーキーに歌い、ラリー・ゴールディングスのハモンドB3がブルージー&ファンキーな味わいを静かに付け足す。緩さの中に一本、ピンと張りつめたように確実に存在するクールネス。堪らなく格好いい!。
02. LOVE THEME FROM CHINATOWN / 「チャイナタウン」-愛のテーマ
1930年代のロスを舞台にしたジャック・ニコルソン主演のサスペンス映画のテーマ曲で、 映画のハードボイルドなストーリーに則った、ジェリー・ゴールドスミス作の美しく官能的なメロディーを持った作品。雨垂れが零れるようなサウンドのピアノと無常感を刻むブラシに乗せて吹くティルのサウンドは、溺れるような妖しい色香を湛えた美しさ。また、ティルに続くゲーリー・フォスターのアルト・サックス・ソロも甲乙付けがたく、特筆すべき必聴もの。
03. IN MY SECRET LIFE ・・・ featuring vocalist Carla Bruni
ここで起用されているイタリア人スーパー・モデルのカーラ・ブルーニは、先ずフランスで歌手デビューし大ブレイクした女優兼シンガー。フォーキーにギターをつま弾き歌うそのサウンドはノラ・ジョーンズを彷彿させ、フランス国内に於いてはそのノラを凌ぐほどの人気を博しているのだとか。彼女のちょっとかすれたハスキーな声はティルのミュート・サウンドと相性抜群だ。その昔、ジョニと恋仲だったレナード・コーエンの楽曲をラリーが取り上げるのもリスナー(=僕)にとってはなかなかに不思議かつ面白い選曲だね。
04.THE PEACOCKS
この曲は、昨年ティルがプロデュースしたいぶし銀のヴォーカリスト、マーク・マーフィーの歌で聴いていて、以前からずっと好きだったナンバーなんだそう。②のムード再び、美しく儚げなインストゥルメンタル。やはりゲーリー・フォスターのアルト・サックス・ソロが鮮やかに彩りを添える。
05. I'M SO LONESOME I COULD CRY / 泣きたいほどの淋しさだ
・・・ featuring vocalist Madeleine Peyroux
とってもスロウでフォーキー・・・と云うよりも、ほとんどもうカントリーと云っても語弊がないほど牧歌的なサウンドに乗せて、歌うは21世紀に蘇ったビリー・ホリディことマデリン・ペルー。今回フィーチャーされているヴォーカリストは皆、ややハスキーな声質タイプだね。
06. SUBROSA
今作のためにピアノ、オルガンを担当しているラリー・ゴールディングスが書き下ろしたブルージーな新曲。ラリーはマイケル・ブレッカーやジョン・スコフィールドなどともブレーン的な重要ポジションでの共演歴が有り、自己名義のアルバムも複数枚リリースしているレコーディング・アーティスト。
07. PRA DIZER ADEUS / さよならをいうために
・・・featuring vocalist Luciana Souza
前作のイメージを継ぐボサ・ノヴァ・ナンバー。ヴォーカリストにはブラジル生まれで現在はニューヨークで活動するルチアナ・スーザ。一般的にはあまり名の知れた歌い手ではないが、ボサのみならずコンテンポラリ・ジャズ的な作風で聴かせる通好みな女性ヴォーカリスト。作品には関係ないけど、こう云うポルトガル語のナンバーに和訳はおろか、英訳も付かないってとっても困るんですけどね、verveさん!(苦笑)。
08. IT NEVER ENTERED MY MIND
一般にはマイルス・デイヴィスの演奏で知られるところなのかも知れないが、僕は最近の女性ヴォーカル・ファンなのでついステイシー・ケント辺りの歌声を思い浮かべる、センチメンタルなラブ・ソング。僕はトランペットを触ったこともないので、ついその美しいメロディーばかりに耳が行ってしまうのだけれど、このバラッドをこのスロウ・テンポで淀みなく1曲吹き切るのは相当な肺活量やトレーニングが必要なんだろうなぁ。指を横にして唇に当てながら背筋を伸ばし、お腹から息を出して、ティルのトランペットを彼の出す音の通りになぞると、と~っても良い腹筋運動になることに気付いたよ・・・(笑)。
09. RIVER MAN ・・・featuring vocalist Till Brönner
今作唯一のティル自身のヴォーカル・ナンバー。僕がその名を知らなかったこの曲の作者、ニック・ドレイクとは、1974年に若くしてこの世を去ったイギリスのシンガーソングライターで、昨今の若い世代のアコースティック指向のミュージシャンから注目され昨今、かなり再評価が進んでいる人らしい。とても繊細な作風の人だったらしく、その辺がティルのアンテナに引っかかったところかも?。曲調もいかにもティルの好みに合ったソフトでセンチメンタルなムード。歌からスイッチしたティルのトランペット・ソロからラリー・ゴールディングスのピアノ・ソロへと移ろう過程は、まさに澱むことなく川を水が行くように美しく流れる。僕にとっては今作のベスト・トラック。
10. DANNY BOY
戦地に赴く息子を思う親心が歌われたアイルランド民謡。始め、ティルのソロでメロディーが奏でられ、やがて静かにバックが乗る。ここでのティルの気持ちは「悲しい歌だけど、愛する人を待つ美しい伝承曲」と云う意識の下に演奏しているのだそうだ。
11. A DISTANT EPISODE
今作のために書き下ろされたティル・ブレナーとラリー・クラインの共作曲。ティルがホテルから海を見ながら綴ったメロディーにラリーがブリッジを書き足す、といった作業を経て完成したそう。このアルバムのテーマ的な曲と云ってもいいだろう。この曲を聴く限り、ティルの思う「海」は明るく開放的なものではなく、寄せては返す波のように普遍的かつ深淵なもののようだ。
12. TARDE / タールヂ
⑪同様にティルとラリーの共作。「メロディーのないままラリーから渡されたんだけど、バッハのようだと思ったよ。」とはライナー・ノーツに記されたティルの言葉。確かにエレピの伴奏はその様な気が・・・。ティルは暮れゆく静かな海を見ながら、このメロディーを考えたのかな・・・。エンディングに相応しい、そんな1曲。
13. YOU WON'T FORGET ME (bonus track)
■Till Brönner(tp & vocals on “River man”) Gary Foster(as) Larry Goldings(p, hammond b3, estey organ, wurlitzer) Dean Parks(g) David Piltch(b) Jay Bellerose(ds)
Produced by Larry Klein
実はこのアルバム、買った直後はピンと来なかった。どうにもスロウなナンバーばかりが揃えられ過ぎていて作品全体に起伏が感じられなかったのだ。
しかし今にして思えばそれも仕方がないのかも。このアルバムを手に入れたのは4月の半ば。ゴールデン・ウィーク前で、緑が一番鮮やかに、かつ恋しく感じられる季節だ。
それなのに、このアルバムのサウンドと来たら、あまりにもムーディ。一言で言えば「夜」のイメージなのだ。例えばクールでストイック、またはセンチメンタルでスィート。そのどちらのイメージでも新緑萌える明るい季節にはあまり似つかわしいものではない。
ところが今ひとつ天候のハッキリしない雨の多い今年の5月に聴くと、なかなかどうしてこれがピッタリとハマるのに気が付いた。『OCEANA』と海を思わせるタイトルから、たゆたう波に揺られるイメージも確かにあるけれど、しっとりとした雨に合わせて静かに深く聴き込むのも悪くはない。
まぁ、雨の季節にあんまり明るくない音楽を聴いていると、気持ちもついつられてしまい、あんまり良いことばかりじゃないかも知れないけど、ティルは「音楽は少しくらい悲しい気持ちを内包していればこそ人の心に響くもの」って考えの持ち主。僕もそれには全く以て同感なのだ。それに一つ断っておくけど、ティルは繊細で優しいオトコだけど、決してジメジメしてるワケじゃないからね。それをクールに覆い隠す術を、彼はちゃんと心得ている筈だから。
ま、顔もスタイルも良くって、音楽の才能に溢れてて、それもきちんと世界的に評価されている彼にとって、「少しくらい悲しいコト」がそんなにたくさん有るのかどうかはいささか疑問ではあるけどさ・・・(苦笑)。
オセアーナ ティル・ブレナー、カーラ・ブルーニ 他 (2006/04/19) ユニバーサルクラシック この商品の詳細を見る |
◆Till Bronner's official web site : http://www.till-broenner.de/
◆UNIVERSAL CLASSICS & JAZZ : http://www.universal-music.co.jp/jazz/artist/till_bronner/index.html
◆以前に書いたティル・ブレナー関連記事。
・「ティル・ブレナー / 穏やかなハンサムガイは赤ワインの味わい」
→http://ilsale.at.webry.info/200412/article_2.html
・「ティル・ブレナー / THAT SUMMER」
→http://ilsale.at.webry.info/200412/article_16.html
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